他社がチラーヂンを作っていなかった理由
もう、チラーヂンとあすか製薬に関しては終わったことだ、と思っていたが、
もう一つ、書き残したことがあったのを忘れていた。
「なんでこんな大事な薬を、一製薬企業が独占していたのか?」
という疑問をコメントでいただいたので、それについて少し書いておく。
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結論から書くと、他社が作っていなかったのは規制があるからではなくて、
「作っても儲からないから」だ。
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製薬会社が作った薬は、ある一定の期間は独占販売が認められている。
原則として、特許出願日から「20年」らしい。
で、特許が切れた薬は他社が製造、販売することができる。
これが「後発品」「ジェネリック医薬品」と呼ばれる。
研究開発費が抑えられるので、安価で販売することができる。
. なので、普通は重要な薬(=よく売れる薬)であれば、
特許が切れたとたんに、ジェネリック医薬品がわらわら出てくる。
・・・なぜ、チラーヂンSにジェネリックが出なかったのかは判らない。
無理やり想像すると、特許以外になにか障害があったのかもしれない。
ホルモン製剤だから、特殊な技術が必要だった、とか。
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チラーヂンSの販売は1960年代の話である。
特許が切れるのは、どれだけ遅くても1980年代になる。
後発品やジェネリック医薬品が注目を集めだしたのは、
日本ではここ10数年の話である。
80年代以前では、そもそも作られていなかったのかも知れない。
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昔の話はともかく、現在も後発品が(ほぼ)ないのはなぜか?
これは、チラーヂンの薬価が安すぎるためだろう。
薬の値段(薬価=売価)は、国が決めている。
昔のことをは知らないが、薬価はどんどん下がる傾向にある。
現在、チラーヂンS錠の値段は、1錠9.6円だ。
医薬品は、値段の大半が研究開発費である。
詳しくは調べてないけれども、製造原価なんてごくわずかだろう。
乱暴に言うと、薬価=利益と言ってもよいくらい。
そう考えると、元の薬価の安いチラーヂンの後発品を作っても、
さほど利益にはならないのはわかる。
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さらに、もう一つ重要なことがある。
患者さんが後発品を選ぶ理由は何か?を考えてみればわかるが、
後発品が先発品よりも優れているのは、何よりも「値段が安い」ことだ。
ところが、チラーヂンはすでに1錠9.6円。
保険調剤では、薬価は10円単位で五捨五超入(四捨五入みたいなもん)
されるので、9.6円でも6.4円でも、1点(=10円)になり、患者負担は変らない。
(実際はもう少しややこしい。安くなる可能性もあるが、高くなる可能性もある。)
先発品と同じ値段にしかならない後発品。誰がそんなもんを使う?
先発品が後発品よりも優れているのは「ブランド力」だ。
ブランド品の時計と、普通の時計。
これ、値段も機能もデザインも同じだったらどっち買う?
.
つまり、チラーヂンの後発品を開発、販売したところで、
利益は少ない。さらに、シェアも取れない。
だから、チラーヂンには後発品が(ほぼ)ない状況になったわけだ。
実際、外資系のサンド社がチラーヂンの後発品を出しているけれども、
そのシェアは2%に満たない。そりゃそうだろ。
その結果として、チラーヂンは非常に重要な薬であるにも関わらず、
事実上あすか製薬の独占販売の状態になってしまった。
工場が被災した結果、非常にやばい事態に陥ってしまった、というわけ。
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つまり、この手の問題は、古い薬で、かつ現役で使われる重要な薬でのみ
おこりうる。チラーヂン以外だと、ワーファリンもあてはまる。
ワーファリンも、販売から50年近く経つ薬だけれども、いまだに現役バリバリ。
なかったら非常に困るのも同じ。(それこそ、命に関わる。)
薬価も10円もしない。後発品は10社近くから出ているとは思うが、
値段の差があまりないので、あまりシェアはないだろうな。
最近になって、ようやくワーファリンの類薬が発売されたから、
状況はまだマシになるとは思うけれども。
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問題を解決するためにはどうすればよいか?
手っ取り早いのは、チラーヂンの薬価を上げることだと思う。
そうすれば、他社が後発品を出してくる可能性も出てくるし、
あすか製薬としても、シェアは奪われるがその分利益も増える。
問題は、患者さんの負担が増えることだが。
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また、チラーヂンに限らず業界全体の話としていうならば、
もう少し供給に余裕が欲しい。
メーカーが、卸が、あるいは現場の医療機関が余剰在庫を持っていれば、
そこまで問題は大きくならなかったはずだ。
例をあげると、久光製薬のモーラステープL。
宇都宮工場が被災して、品薄になってしまっている。
もっとも、久光の場合は他にも工場があるからそれほど問題は大きくないが。
ところが、その程度の「品薄」でも、同効の他社製品まで出荷制限がかかった。
ようは「モーラステープL」が品薄→ボルタレンテープやロキソニンテープも
品薄になる→そっちも出荷調整。と、品薄の連鎖がおこった。
一社の一工場が止まっただけで、これだけの騒ぎになる訳で。
もう少し、生産余力があってもいいし、在庫の余裕があってもいいんじゃないの?
.
ところが、この「余裕」というのは、平時ならば単なる「無駄」である。
業界全体としても厳しいので、「無駄」はどんどん削られていく訳だ。
おそらく、これはこの業界に限った話ではないと思う。
社会全体として、徹底して効率化、無駄を省いていった結果として、
有事の際に意外なリスクとして跳ね返ってきているということだ。
・・・これは、ひょっとしたら東電にすら当てはまるかもしれないな。(苦笑)
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コメント
緊急用の保管施設は薬品だけではありませんがね!
因みに小生の保管しているチラーヂンs25も後60日分しか残っていません!
投稿: 熊谷 正義 | 2011-05-30 20:59
>熊谷 正義さま
コメントありがとうございます。
チラーヂンsに関しては、流通状況はかなり改善されています。
チラーヂンs50であれば、ほぼ問題なく流通しています。
残念ながらs25は製造が後回しにされていますが、
それでも来月、遅くとも7月には出荷が始まると思います。
s25が後回しなのは、50を半分に割ることで対応可能だからです。
医療機関に在庫をもつように、、というのは、たぶん無理ですね。
まだ、タミフルのように自治体が備蓄を持つほうが現実的です。
ひょっとしたら、市町村の薬剤師会でそういう動きが出るかも知れませんが・・・
個人的には、それもなさそうに思っています。
あくまで個人の感想なんですが、
「一時はどうなるかと思ったが、案外なんとかなった」
という感じだからです。
緊急輸入の動きが比較的早かったですからね。
(平時ならばありえない早さでした。)
薬剤師としては、大きな声で言えないんですが・・・
ひとつ、オススメの方法があります。
患者さん個人個人が、こっそり備蓄しておくことです。
で、万一の災害時には、とにかく薬だけは必ず持って逃げる!
健康保険から睨まれるので、大っぴらには言えませんが。
投稿: kitten | 2011-05-31 22:59
はじめまして、バンコクに旅行行った時に、現地の人と
チラーチンの話になったのです。
それで、値段の話で私が買うときは病院で処方箋もらうまでで、2000円ぐらいで、薬代が600円ぐらいです。
一箇月分(一日2.5錠)、って言うと調べてくれて
バンコクの薬局で100錠が100バーツでした^^
日本の薬代って、どーなってるのでしょうね~
高すぎのような気がしますね。どこにお金がいってるのやら^^まぁ、愚痴なんですが、また情報お願いします。
投稿: だるま8 | 2011-06-07 15:04
>だるま8さん。コメントありがとうございます。
100バーツっていうと・・・270円くらいになりますか。
これはもうはっきり、人件費の差ですね。
タイで安いのは薬だけじゃないとも思いますが。
薬価だけなら規格問わず1錠9.6円。
100錠で960円。3割負担なら290円といい勝負ですが、
当然、調剤基本料とか、調剤料とか、色々と乗ってきますので
そんな値段にはなりませんね。
はっきりと書いてしまえば、高い分は薬剤師が取ってるんですよ。(苦笑)
それはさておき、
チラーヂンは処方制限が2ヶ月に延長されました。
まだ、3ヶ月処方は禁止になっていますが。
品薄が続いていたs25も徐々に出荷が始まっています。
投稿: kitten | 2011-06-07 22:17
チラージンのジェネリックありますよ。
レボチロキシン「サンド」http://www.qlife.jp/meds/rx14670.html
投稿: | 2012-06-01 16:51