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白い航跡

 最近読んだ本

「白い航跡」(吉村明)

http://www.amazon.co.jp/%E7%99%BD%E3%81%84%E8%88%AA%E8%B7%A1%EF%BC%88%E4%B8%8A%EF%BC%89-%E8%AC%9B%E8%AB%87%E7%A4%BE%E6%96%87%E5%BA%AB-%E5%90%89%E6%9D%91-%E6%98%AD/dp/4061856790

(上記リンクは、amazon)

 東京慈恵医大創設者でもある、高木兼寛を題材にした小説。
作者がどれだけの資料をひっくり返して書いたのかは分からないが、
おそろしく綿密に調べられているんだろう。

 高木兼寛って言っても、まず知っている人はいないだろう。
日本の国民病でもあった脚気の対策に取り組み、
信じられないくらいの劇的な結果を出した。

 とりあえず、wikiにリンクはっておく。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E6%9C%A8%E5%85%BC%E5%AF%9B

.

 幕末、戊辰戦争に医者として従軍したが、まともな手当ては出来ず、
外科手術などの優れた医療を行っていた、西洋の医学を目の当たりにし、
ひたすら、医学への道を突き進んでいく。

 日本海軍の軍医となり、イギリスに留学し、優れた成績を修めて帰国。
海軍軍医の第一人者として、その当時猛威をふるっていた脚気対策に乗り出した。

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 いまや、脚気なんて病気は存在しないに等しい。
明治までの日本では、まさに国民病といっていい状況だった。
難しかったのは、この病気が日本やアジアに非常に多いこと、
それでいて、西洋では全く発生していなかったことだ。

 日本海軍は、脚気患者が非常に多く、非常時に出動したところで、
船乗りの3割が脚気に倒れている、という状況すらあった。
せっかく、高価な軍艦を購入したところで、兵が病人ばかりでは
戦えたものではない。

 比喩ではなく、国家存亡に関わる大問題だった。

.

 当時、日本の医学は、ドイツの医学が主流。
ドイツは、特に基礎医学に優れ、学問研究が盛んだった。
それに対してイギリスは、臨床に優れていた。

 高木は、疫学、統計的な観点から、脚気の原因が食生活にある、と断定する。
日本海軍の食事を改善して、パンなどの麦食を推進した結果、
海軍の脚気患者は劇的に減少した。

 しかし、高木説は、結果としてみるならば誤りも多かった。
高木は、「炭水化物(米)過多で、タンパク質の少ない食事が脚気を起こす」
と主張して、パン(麦)を取れば脚気は防げる、と主張したが、
これは現在では明らかに誤りだし、当時の医学でも誤りだった。
 なぜなら、米は麦と比較して、それほどタンパク質が少ない訳ではない。
高木に反対する東大医学部や陸軍の主張は正しい。

 理論は間違っていたが、「結果として」高木の行動は正しかった。
脚気の原因は、ビタミンの不足によるものだった。
ビタミンが発見されるのは、もっと後の時代になってからだ。
 精製された白米には、ビタミンが極端に少ない。
肉類はもちろん、パンにもビタミンは含まれている。
理論は間違っていたが、結果として食事の改善が脚気を予防していた。

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 ところが、理論が間違っていることを理由に、陸軍は高木説に反対し続け、
日清、日露戦争で脚気による大被害を出すことになってしまう・・・。
理論的な裏づけのない高木説は、日本では完全に無視されていた。
 海外では、高木の報告はビタミン発見史における、大きな一歩として、
(当時から)非常に高く評価されていたのだが、時代が違うからなぁ・・・。

 まぁ、そういう話だ。

 学問的には、natrom先生のとこのが、一番わかりやすいだろう。
「やる夫で学ぶ脚気論争」(natromの日記)
http://d.hatena.ne.jp/NATROM/20081216

 これくらい分かりやすい説明もないだろうな。
つーか、私の文章いらんわ。(苦笑)

.

 誤ってはいたが、高木には脚気対策の確信があった。
その実験を行うために、かなりの無茶をする。
上司の海軍大臣が及び腰で動きが鈍いとみるや、
伊藤博文、松方正義ら、政府要人に直接はたらきかけ、
結果として、天皇に意見する機会を得た。

 いや、確かに海軍の高官ではあるけれどもさぁ・・・。
もとはといえば、高木は大工の息子にすぎない。(汗)
そんな人間が、天皇に直接意見申し上げる。

 実験には莫大な金が掛かる。
確信があるとはいえ、絶対に成功するとはいえない。
海軍のため、日本のため、という強靭な意志がなければ、
とうていできることではない。

 もしもそこまでやって実験が大失敗したら、
これはもう、とんでもない責任問題に発展する。
いや、誰かが追求するまでもなく、自ら命を絶ってもおかしくない。

.

・・・この実験の時、高木はせいぜい30代半ば。
今の私と変わらんくらいの年齢な訳だ。
感嘆するしかないな。

 また、陸軍、というか森林太郎(鴎外)にも、言い分はあることもわかった。
彼の眼からみれば、高木説は明らかに誤りであったから。
では、「なぜ海軍は脚気患者が激減したのか」に対して
森は答えを持っていなかった。「偶然」で済ましてしまったことが、
陸軍の悲劇につながることになる。

 にしても、この当時で統計や疫学といった学問が存在していたのか?
仮に存在していたとしても、日本ではほぼ皆無であったろうし。
森を一方的に批判するのも難しい、と感じた。

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 こういう綿密な歴史モノって、結構好きだなぁ。
他にもなにか面白いのがあれば読んでみたい。


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