甲状腺がんのスクリーニング
昨日、紹介した本の中で、気になった点について。
それは、甲状腺がんのスクリーニングについて。
著者によれば、甲状腺がんは、前立腺がんとならんで、
過剰診断が強く疑われるという。
その理由として、
1.そもそも、甲状腺がんで亡くなる人は少ない。
アメリカでは、甲状腺がんで亡くなる人は毎年1600人ほど。
甲状腺がんと診断される人はその20倍以上。
調べれば調べるほど患者数は増えるが、亡くなる人はほとんど増えていない。
日本のデータも調べてみたが、ぱっと見た感じではアメリカと同じ感じ。
年齢調整したデータでは甲状腺がんは増えているが、
死者数は、横ばいからやや減っている様子。
5年生存率は非常に高い。
2.ふつうの人にも甲状腺がんはたくさんある。
フィンランドの病理医が病院で亡くなった高齢者の患者101名を解剖した
結果、3分の1以上に甲状腺がんがあった。発見数、小さすぎて見落とした数
から考えて、ほぼ全員に甲状腺がんの痕跡があるとされた。
ようは、詳細に検査すればするほど、甲状腺がんは見つかる、と。
その中には、放置していても問題ないようなものも多く含まれる、ということ。
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「過剰診断」の著者によると、甲状腺がんのスクリーニングはデメリットしかない、
としている。実際、アメリカでは甲状腺がんのスクリーニングは推奨されていない。
もちろん、日本でも通常は行われない。通常は。
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でも、日本で「通常ではない」ことがおこったので、
甲状腺がんのスクリーニングが行われている。福島県の子ども達だ。
仕方のない話だし、しょうがないんだけれども、結果として過剰診断による
デメリットを押し付けていることになるな。
チェルノブイリでは、スクリーニングによる発見以上に、
小児の甲状腺がんが増えていることがわかっている。
となると、福島でも調べざるをえないだろう。
結果として、今のところ「他の地域と比べて」甲状腺がんが増えているという
明白な証拠はないようだ。
本気で調べれば、甲状腺がんは増える。
そして、がんと診断されたことにより心の傷をかかえ、
(ひょっとしたら不要かも知れない)手術を受けることになるのかもしれない。
チェルノブイリを考えればやむをえない措置だとはいえ、
被災者に過剰診断によるデメリットを押し付けてしまっているようだ。
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ただね……。仮に、状況からして99.99%甲状腺がんの増加はありえない、としても。
過剰診断の害の方が大きいので、甲状腺がんのスクリーニングを行わない、
という決定は政治的に絶対不可能だっただろう。(苦笑)
どれだけ説明を尽くしても、隠蔽のため、としか考えられないだろうし。
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アメリカでは、2009年に、マンモグラフィーによる乳がん検診の年齢を
40歳からではなく、50歳からに引き上げようとした。
40歳では、乳がん患者は非常に少ないので、過剰診断によるデメリットが、
早期診断によるメリットを上回る、と結論されたためだ。
おそらく、この結論は正しい、と思うのだが……
タイミングが悪かった。オバマ政権が医療制度改革を行った時期に重なり、
この結論が「医療費削減のためだ」と反対派から激しい抵抗を受けた。
(実際は、医療費なんて全く考慮していなかったのだが)
多くの政治家、政策決定者たちは、この方針に反対した。
誰だって悪者になりたくない。結果として、過剰診断のデメリットを
国民に押し付けることになるんだが、そのことには誰も触れないんだろう。
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このように、過剰診断は単純な問題ではない。
単に、医師や製薬業界が金儲けしたいから、という話ではなくて、
例えば、医療訴訟の問題であったり、政治の問題であったり。
また、国民の意識の問題(早期発見、早期治療は絶対に善という思い込み)も
大いに関係している。
そして、単純な問題ではない以上、解決も非常に困難だろう。
日本としても、医療費削減を目指すなら過剰診断の問題に対処するのが
最も効果的だと思うが、逆に「そう思われてしまう」以上、
政治的には非常に困難にならざるを得ない。
1万人に過剰診断の害をふりまいても、1人の命を救うべきか?
これ、自分の問題として考えるとさらに深刻だ。
救われない1人は、自分、あるいは自分の家族かも知れないのだから。
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